震災から半月・・・

震災から半月程が経ちました。横浜あたりはいくらか落ち着きを取り戻し普通の日常に近くなってきていますが、被災地ではまだまだこれからでしょう。四月も近いと言うのに寒い日が続き、桜の花の便りも殆ど聞かれません。斯く言う管理人もあまり鳥見にも出かけられず、今年の春は随分と静かに過ごしていると言った感じです。

 一昨日、洗濯機が壊れました。炊飯器も古くなったのでそれも買い替えの必要があるので、ヨドバシカメラに出かけました。九時半の開店と同時くらいに入店したのですが、入ってすぐのところに人だかりが出来ていました。何気に覗くと、市中のスーパーやコンビにでは売り切れの単一、単二などの乾電池を販売員が直に売っているのです。お一人様一点限りだとか。管理人の家ではエネループの単三の買い置きがかなりあるのでそれほど不自由は無かったのですが、単一を三本使うLEDのランタンをたまたま持っていたのでこの際だからと思い、管理人が四本セット、管理人のワイフが二本セットで計六本程買い求めました。午前中には売り切れていたようで、この電池需要は計画停電が続く限り、暫くは続くでしょう。

 こんな場面で何気に震災の影を感じてしまいます。そうそう、そのヨドバシにいくのに電車に乗るわけですが、駅などのエスカレーターは節電のために殆ど休止です。これも震災の影響ですね。明かりも落としているので全体的に暗いのも節電のため。これはいたるところで感じます。こうしてみると何気にですが、日常のいたる所に震災の影響があることを感じます。

 つまりは電気という奴は決して自然発生している訳ではないことをこの際に思い知らされていると言う事になるのでしょう。そして人々が望むだけの電気を望むままに供給するためには原発も必要であったと言う事になるのでしょう。震災でこの無定見で無定量な事がいかにリスクが大きいかを思い知らされたとも言えます。

 だからと言ってすぐに原発を止める訳にもいかない現実もあります。管理人も基本的には原発に依存することは最小限であるべきだとは思いますが、止めてしまえとは思いません。勿論、原発より安全で且つ効率的でクリーンなエネルギーがあればそれに越したことはありませんが、まだその段階にまで科学の力は進んでいないようにも思います。

 いずれにしても今回の震災で色々なことを考えざる得ない状況になったことは間違いないでしょう。これを奇禍として今後どうするのかすべきなのか、人によって色々な思いや意見があることと思いますが、少なくても今までの通りでいいと思う人はあまりいないと思います。

 まあ、日本人の底力と言いましょうか、戦後の焼け野原から復興してきたことを思えば、なんとかなるとは思います。ですが、戦後散々に甘やかされてきた我々にとって先達がなし得たことをおいそれと真似できるかどうかは、少しばかり懐疑的にならざる得ないところもあります。それでも何とかしなくてはならない訳で、同じ日本人ですから、出来ると今は信じたいです。

 

買いだめしてどうするの???

 震災の影響を直接受けなかった首都圏で色々な物の買だめが相次いでいるとか。管理人も昨日買い物に行ったが、なんと米と納豆が売り切れていた。随分長い間買い物をしてきたが、こんなことは初めて。更に、ある米屋さんの前を通りかかったら、人だかりが出来ていてた。にわかに米好きの人や納豆好きの人が増えた訳でもあるまいに。今日明日に必要な人は別にして、余計に買った米や納豆を一体どうするつもりなのだろうか。

 以前にも米不足の時、血道を上げて買いだめした人たちがいた。管理人の知り合いにも身の丈ほどに積み上げた(精米された)米を玄関に置いていた人もいた。結果どうなったか。確かあの時は三ヶ月もたたないうちに事態は収束した。そして買い漁った米は・・・。

 (精米された)米は賞味期限が二ヶ月程度だったと思う。保存状態がよければもう少し保つだろうが、普通なら半年、一年分と買いだめすることはないはずだ。一ヶ月、二ヶ月分が限度のはず。なにせこれからだんだん暖かくなり、三ヶ月先に梅雨が来て四ヶ月先は夏になるのだ。今買った米をいつ頃食べるのか。それをよく考えてみて欲しい。

 どうしても安心出来ないと言うなら、精米する前の玄米でも備蓄した方がいいだろう。まあ、それも必要ない。東北地方の沿岸が大打撃を受けたが米の生産に深刻な影響を与えるとは思えないからだ。仮に打撃があるにしろそれは来年以降の話。それにこれから田植えの時期なので、必要ならば休耕田の活用も十分に可能なはずだ。政府の備蓄米もたっぷりある。少なくても、通常の買い置き以外は必要ない。要するに普通に生活すればいい。

 大体、地震や津波が来たとして買った米を背負って逃げる訳にもいかない。被災地のことを思ったらなんてことは言わないけど、常識的に考えて無駄なことはしない方がいいに決まっている。

 乾電池や懐中電灯が無くなったというのはある程度しょうがないとは思った。管理人のところでも地震の当日夜八時半位まで停電していた。幸いにしてロウソクや懐中電灯は用意してあったのでなんとかしのいだ。事が起きてから焦って買いに走るのも如何なものかと思うが、これを教訓にしてこの手の準備は整えておいた方がいい。阪神大震災の時揃えた震災グッズを慌てて探した人もいるだろうが、喉もと過ぎればなんとやらで、準備不足の人が圧倒的に多かったようだ。

 それと目につくのは給油待ちでガソリンスタンドに列をなしている車の多さだ。これは場所によっては酷い渋滞を引き起こしている。公共交通機関の運行状況との兼ね合いもあるが、ただでさえ混乱している時に、物事の優先順位をちゃんとしないと混乱は更に酷くなる。

 計画停電で電車をやたら止めたら混乱が加速するのは目に見えている。利用者の多い路線から頻度高く動かす。これは当たり前のことだ。ついでに言えば、バスやタクシー、更には営業用貨物などを出来る限り止めないようにすることが必要。そうしなければ乗用車の利用に頼らざる得ない人たちが爆発的に増えるし、物流が止まれば混乱は更に加速する。

 様々な物の必要な度合いは個人よって違うだろうが、それを一々斟酌していたら、回すべきところに資源が回らなくなり混乱は更に酷くなる。その優先順位の判断をするのがまさに政治の役目。お願いだ配慮だなんてやっていたら埒が明かない時もある。社会の混乱を抑えるために、強権的な処置も思い切ってすべき場合がある。そして結果、妥当な処置をして社会の混乱を適宜抑えたとする。そしてそれを正しく評価されず落選するようなことがあれば、選挙民が馬鹿だと言う事になる。我々も試されていることを忘れてはいけない。

地震大国日本の宿命・・・

 この度の地震で被害にあわれた方々に心よりお見舞い申し上げます。

 斯く言う、管理人の両親も福島に住んでいまして、一時は安否が心配されましたが、両親ともに無事であることが確認されました。もっとも、家の中はグチャグチャだとか。本来なら駆けつけて片づけをしなければなりませんが、何せ交通機関が道路を含めまして東北、常磐方面は壊滅的な状態なのでそれもままなりません。水道が出ない以外その他のライフラインは使えるとのことなので、火急の助けは必要ないとのこと。同じ福島でも比較的、被害が少なかったようです。

 福島と言えば原発の被害が深刻で、かなり広範囲に避難命令が出ているようです。福島原発で作られた電気は東京あたりにも供給されているはずですから、今後の電力事情も心配ですが、炉心崩壊による放射性物質の大量流失などの被害が差し当たり危惧されるわけです。日常の便利な生活を支えている電気ですが、こんなときにその脆弱さを感じてしまいます。

 地震大国と呼ばれる日本ですから、地震に対しては不断の警戒と対策が必要な訳ですが、今回のような原発の事故は、安全に対する配慮が十分ではなかったのかなと懸念を持ってしまいます。地震大国の宿命として、今回のような事態は避け得ないところですが、どこかに油断があったとすれば、それは非常に残念なことでもありますし、地震大国の宿命として、想定できる被害に対しては出来る限り万全の備えをしておく、ましてや原発ならなお更であるとの感を今一度強く持ちます。

 誰の責任と言うより、これは国民全体の意識の問題なのでしょう。危機管理が声高に叫ばれる昨今、その一方ではモラルの崩壊も叫ばれ、その場しのぎ的な風潮が我が国を覆っているようにも思えます。原発のリスクを振り返ることなく、その利便性だけを享受することのみを考える利己的な意識がどこかに潜んでいるとしたら、それが油断や独善となって大きな被害を引き起こす最大の要因になると思えます。

 少々、堅い話になりましたが、便利さを何のリスクも感ずることなく享受することの怖さを今一度我々は考えてみる必要があるのではないでしょうか。

 最後に、繰り返しになりますが、被災された方々には深く哀悼の意を表するとともに、今後復興に向けて、出来る限りの協力と援助を微力ながり尽くすつもりです。

トラフズク

 トラフズク、漢字で書くと虎斑木菟。虎のように黄褐色の地に太く黒いしまのある毛並みや模様を虎斑と言い、虎毛のことだそうです。まあ、そんなことは言われなくたってなんとなく分かりますが、中々簡単に見ることは出来ないでしょう。

 大体、都会でフクロウ類が動物園とかは別にして野鳥として見れること自体が稀だと思いますし、特にトラフズクはコミミズクやフクロウなどよりも出会いにくいとされていようです。それがどういう訳か春の日の明るい中で案外あっさりと出会ってしまえたのですから、なんとも言えないですね。

 かなり以前からこのトラフズクはバーダーの間では周知されていたようですが、先週のギンムクドリに続きなんとか巡り合えました。

 現地に到着すると結構な数のカメラマンがすでに待機状態。其の中に混じって管理人もビデオと一眼で撮影を開始しました。

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 柳の木で昼間は寝ているのですが、すぐに発見出来ます。こんなに近くでしかも明るい所で、掛け値なしのトラフズクが観察できるのですから、これは来ない手はないですね。なんとか間に合って良かったと思いました。

 さて、間に合ったのはいいのですが、なんともこの被写体は動きがありません。そりゃ、昼間寝ているのだから当たり前だと言われれば、それっきりですが・・・

 そこをなんとか、目が開いたところや羽を広げたところなんかを撮りたい思うわけです。更にあわよくば、飛び出しなんてのも撮れたらいいな、なんて思うわけです。そうすると、時間が必要ですね。幸い、本日は河川敷にあるグランドが使われていないので、そちらで待機しました。

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 それにしても、動かないなぁ、などとため息をつきながら、少ない動きを察知してシャッターを切ります。少しの動きに反応してカメラマン達が一斉にシャッターを切るのでかなりの音がしますが、それにはまるで反応しません。というより、周りで子供達が騒いでもなんともありませんね。まあ、この辺りの騒音には慣れてしまっているのでしょう。でなきゃ、今までここには居れなかった訳ですよね。

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家庭内では「ガチョーンのポーズ」と言っている

 昨日までは結構寒かったのですが、本日は春の日差しの中で暖かく、撮影のコンディションとしてはかなり楽ですね。

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 不思議な表情と言いましょうか、なんとも言えない表情といいましょうか、フクロウ類の人気の秘密はこの表情なのでしょうか。羽繕いをしている時は猫のようにも見えます。

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 それにしても動かないトラフズク。少なくても管理人達がいた時間、五時間半程度ですが、移動することはありませんでした。まあ、寝ているのだからといえばそれっきりですが。ですから、ちょっとした動作にカメラマン達が敏感に反応します。したがってこのように薄目とは言え、少しでも(目)をあけた瞬間はシャッター音が柳の木の下で激しく鳴ります。

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 ターゲットがすぐそこに見える「待ち」の撮影は、結構時間が過ぎるのが早いものです。それに同じような写真が沢山撮れてしまい後で整理するのがこれまた大変です。枝かぶりしていますから、あまり写真としては頂けないのでしょうが、それでもトラフズクなんてひょとしてこれが最初で最後の出会いかもしれませんので、そんなことも言ってられません。まあ、枝かぶりでもビデオの方がこんな場合は映像としては面白いような気がします。

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ようやく目を開けてくれた。これは別のところに止まっていたトラフズク

 鳥にこれと言って興味の無い人たちにもかなり親しまれているようです。子供達も寄って来て見上げて行きます。ちょっとしたアイドルですね。こんなことがきっかけで野鳥や自然に興味を持ってくるかもしれませんね。それはそれで良いことだと思います。

 少し前までは六羽いたそうですが、本日は三羽。餌場の関係でどこか他のところに行っているのでしょうか。まあ、いずれにしてもこのままここで繁殖するとも思えませんので、何時かは繁殖地に向かって旅をするのでしょう。其の時まで無事に元気に過ごして欲しいと願うのは管理人ばかりではないと思います。


撮影ノート
 撮影をしていてちょっと気になったのが、この枝です。

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 二箇所ほど切跡が新しいですね。どうも、撮影の邪魔になると言う事で、おそらくは夜、人の目がない時に誰かが切ってしまったようです。これはいけませんね。確かに、切っていなかったら撮影がかなり難しくなったとは思いますが、その困難を承知で観察や撮影をするべきでしょう。