御幸跨線橋辺り

JR南武線、平間駅からあるいて数分。御幸跨線橋は新鶴見機関操車場が見えます。以前はもっと大きかった操車場ですが、今でも貨物の入替えなどが見れます。

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操車場は武蔵野貨物線に挟まれた格好になります。日曜日でも貨物は走りますが、それ以外も走ります。ちょっと珍しい電車に遭遇しました。

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伊豆急行のアルファリゾート21です。後で分かったのですが、立川駅での展示会のための回送だとか。だから、時刻表には勿論、その他の鉄道関係の情報誌にもスジは載っていなかったようです。本音を言えば、この電車は写真で撮るより下田まで乗って、河津桜でも撮りたいところですね。

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架線や電柱が多くて編成を綺麗に撮るのは難しいですが、それでも眺めていて飽きない風景ですね。まあ、三つ子の魂百までとか言いますが、子供の頃に好きだったことは案外大人になっても好きなものなんでしょう。

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水際線で撮った8780レ(倉賀野からの帰り)の別場所バージョンです。ちなみにタンクは空です。冬は石油関係の輸送は繁忙期なので土日祝日でも走っている場合が多いようです。

日体大優勝 箱根駅伝

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箱根駅伝は日体大の総合優勝となった。往路優勝も日体大、復路優勝は駒沢大となった。

日体大は昨年屈辱的とも言える19位から、予選会トップを経ての総合優勝。予選会を経て出場したチームが総合優勝したのは、第73回大会の神奈川大以来16年ぶり。ちなみに、73回大会の総合・往路は神奈川大学だったが、復路優勝は今回と同じ駒澤大学。実はこの復路優勝が駒澤大学にとっての箱根駅伝での初めて優勝。74回大会は神奈川大学の完全優勝だったが、75回大会に往路優勝、76回大会は完全優勝となった。同時期に強かった神奈川大学は最近はもっぱら予選会組に成り下がっているが、駒澤大学の底力はまだまだ衰えぬといったところか。来年あたりは、駒澤大学が復活するかもしれない。

それにしても、柏原のいない東洋大学は余裕がなかったようだ。絶対的な山の神の存在はそれだけ大きかったと言う事なのだろうか。日体大との差が4分54秒だから、柏原一人でこれが逆転できたかどうかは不明だが、余裕のなさが走りに影響したとしたら、やはり絶対的エースの存在は大きいのだろう。総合では2位であるので、来年も優勝候補にはなると思うけど、来年は更に厳しい状況になるのではないかと思う。現時点では日体大との差が一人当たり30秒。しかも東洋大学以下、上位チームはあまり差がないので、来年はどこが勝ってもおかしくない、まさしく戦国駅伝の様相を呈するような気がする。

走るほうは大変だけど、観る方にとっては興味が尽きない箱根駅伝、来年も楽しみです。

箱根駅伝 往路

正月と言えば、箱根駅伝。管理人としては正月はこれに限るといった感じではあります。思えばいつの頃からテレビ放送が始まったのか。ちょっと調べたら、第63回(1987年)かららしい。この年から日本テレビが後援に入ったとか。そう言えば、テーマ曲はネバーエンディングストーリーが記憶にある。いつから変わったのだろうか記憶にないが、多分放映当初から観戦しているはず。

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それにしても鶴見中継所。ここの人出は凄い。今年の一番乗りの観客は午前三時だかと。こう言っては失礼だが、正気の沙汰とは思えないが、それほど熱烈、熱心なファンがいるといのうもこの駅伝の特徴。ただし、観客のマナーの悪さも目立つ。選手に近い位置から観戦できるが故だろうけど。

いつだったか、大手町に出発を見に行ったこともあるが、あれも凄い人出だった。最近はニューイヤー駅伝だとか元旦からやってるいるけど、国民的思い入れはまだまだ箱根の足元にも及ばないといった感じですね。やっている人達は一生懸命だから、それなりに応援はしますが。

近くで見ていると選手の必死の形相がなんとも言えず、胸に迫ります。襷を繋ぐ、単純ではありますが、箱根駅伝が日本人の感性に訴えるものは時代が変わろうと、変わらないような気がします。まあ、こう言ってはなんですが、他にも駅伝競走はあるのですが、メデァイアの取り上げ方が上手かったのか、正月故に他に面白いスポーツ番組がなかったのか、箱根駅伝ばかりが持ち上げられますが、どうもこの駅伝は選手の側の思い入れも深いようです。言ってみれば、世界選手権よりオリンピックみたいなことなんでしょうか。

いずれにせよ、箱根駅伝が続く限り、日本の正月の風物詩としてこれからもあり続けるでしょう。